
父親が永眠後、母親が「誰かのお葬式に行くみたいなんだけど・・・」と
父親が亡くなってから、ちょど1週間が過ぎた。
僕の気持ちも少しは、落ち着いてきたが、母親はどうなんだろう、と気がかりなことがあった。
父親が亡くなった日に、母を家に送っていったときに、母用の喪服を妻が探して、出しておいた。
父親が亡くなった時、母親も僕らと一緒に父のそばにいて、永眠した父を送り出していた。
その時、母親は取り乱すことはなく、ひどく悲しむ様子もなく、冷静に永眠した父を見て、綺麗な顔をしているね、と言っていた。
だから、父親が亡くなったことは、しっかりとわかっていると思っていた。
しかし、父親が亡くなった3日後ぐらいに、僕の長女のところへ、母親から電話がかかってきたそうだ。
そして、聞かれたそうだ。
「今度、お葬式に行くみたいなんだけど、誰のお葬式に行くんだろうね」
と。
母親は父親のことを忘れてしまったのだろうか
それを聞いた時は、少しショックだった。
母親と話をしている時は、ほぼ普通に話を今はしている。
父親が倒れて入院した直後の2か月は、2重人格のように、頻繁に突然怒りだしたりしていたが、その後、父親との面会後から、突然、そのようなことがほとんどなくなった。
それは助かったのだが、またいつ戻るか、という感じで僕ははれ物に触るような気持ちで、その後も母親と接していた。
そういったストレスからか、僕が精神的に不安定になり、精神科の病院にも通うようになり、また、そのせいではないとは思うが、昨年の5月には母親の目の前で脳梗塞を発症して、母親の目の前で救急搬送された。前日からその予兆があり、妻がその時だけ、一緒に母親のところに行ってくれたから、助かった感じだった。
僕は、そのまま入院、そして僕の代わりに、妻が母親のところへ通ってくれるようになった。
僕が母親の世話をしている時はなかなか介護に関しても進まなかったが、妻が世話をするようになってから、妻がうまく事を運んでくれて、介護認定も取れて、今では週に3回、デイサービスに通うようになっている。
そのためか、以前よりも普段の生活にはメリハリがついて、状態も良いのかと思っていた。
ただ、確実に認知症が進んでいる、ということが今回の、娘への電話で分かったのだ。
もしかしたら、今も、父親のことはすっかり忘れているのかもしれない。
亡くなった、ということが認識できていないのかもしれない。
それを知った時は少しショックだったが、それが悪いことなのかどうかはわからない。
しっかりと認識して落ち込むよりは、忘れていて悲しむことがない方が良いのかもしれない、とも思う。
少し寂しいことだが。
明後日、父の葬儀と火葬がやっと行える。
永眠後、10日ほどが既に過ぎることになるが、その時の母親の態度がどのようなものなのか、心配?ではないけど、何と言っていいのかわからないが、どうなるんだろう、としか言いようがない。
いずれにしても、父親が亡くなったことによって、母親の気持ちが大きく動いたようではない。
今まで通り、デイサービスにも通っている。
それで、よかったのかもしれない。
父親は安らかに永眠したので、今後は、母親のみ見ていくことになる。
と言っても、母親には、まだ僕は脳梗塞で入院していることになっているので、もしかしたら、普段は僕のことも忘れているかもしれない。
それも、いいのかもしれない。
妻がいろいろとやってくれるので、その方がことがうまく運び、とても助かっている。
僕は、まだ父親の永眠に伴う手続きがいくつかあるので、しばらくはバタバタしそうだ。
とりあえずは、明後日の父親の葬儀・火葬を平穏に遂行してあげるようにしたいと思っている。